Re: シュナとアルスの不思議な旅 引っ越し準備中 ( No.1 ) |
- 日時: 2010/09/14 20:31
- 名前: わたぬけ◆uIYgSadM30E ID:
- 第一篇【旅の始まり】
第一章「廃墟での出会い」
−1−
その日ほど彼女は自分の生まれを呪ったことはなかった。それまでにも彼女は自分の生まれや一族のことを嫌に思ったことはあれど、このときほどそれを強く思ったことはなかったろう。 駆ける。駆ける。後ろも振り向かずにただ彼女はどこに向かうものでもなく駆けた。ちょっとでも後ろを振り向いたり、走る速度を落としたりすれば、後ろから追ってくるそのモノたちにたちまちのうちに追いつかれるような気がした。 風が頬を打ち、走っている勢いで視界が上下に揺れる。走り始めてまだ幾ばくもたっていないというのに、普段あまり激しく動かすことに慣れていない体はすでに疲労を感じ始めていた。 しかしそうも言っていられない。とにかく遠くへ、奥へと彼女は進み、やがて倒れこむような形でどこだか分からない部屋へと身を隠した。追ってきた"奴ら"を撒いたとは到底思えないが、少なくとも自分の姿を見失わせることには成功したのではないかと思う。ここに来るまでいくつかの四辻や分かれ道があったがそれらがあるたびに彼女は迷わずこっちだと思う方向へと逃げてきたので、彼女自身今どこに自分がいるのか検討もつかなかった。だけど今はとにかく見つからないように時間を稼ぐ。それが最も大きな優先事項だった。 じっと聞き耳を立てると自分が走ってきたずっと向こうからかすかに声が聞こえた。
「お前は向こうを探せ、俺はこっちへいく!」
いまいち聞き取ることができないが、やはり奴らは彼女を見失っていることだけは確かのようだった。ほっと安堵の息を付くが、まだまだ安心はしていられない。しかし彼女はその時になって初めて自分の全身が恐怖で小刻みに震えていることを知った。手足の末端がまるで痙攣でもほこしているかのようにわなわなと蠢く。自分の体ではないかのようだ。涙こそ出てはいないが、恐怖心の強さで逆に流れていないと言った方が正しい。呼吸をなんとか整えようとするが思うようにいかない。 それにゆっくりもしていられないのだ。あの黒服の男たちがこの部屋を探し始めるのも時間の問題だ。 とりあえず隠れるような場所を探さなければ、あの男たちが他の部屋を探っている隙に抜け出すと言うことも考えたが、そもそも追手の正確な人数を把握していない上でそのような行動をとるのはあまりにリスクが高すぎると考えた。追手は何人いるか分からないが、最低でも三人はいることを彼女は確認していた。どうにかしてこの部屋でやり過ごした方が良いかもしれない。 入ったその時は、窓もなく真っ暗な部屋だったが幸いにも目が慣れ始めてぼんやりとだがこの部屋に何があるか分かってきた。 どうやら元は書斎だった場所らしい。入ってきた扉の向かい側には、この廃墟に人が住んでいた時はさぞ暖かな火を提供していたであろう暖炉が冷え冷えと据えられている。そして左右両方の壁には窓はなく、かわりにぎっしりと本棚が並べられていた。しかしそこにあるはずの本は一冊も残ってはなく、寂しそうにぽっかりと口を開けているだけだった。天井にはなにもなかったが、かつて電灯が取り付けられていた形跡が残っている。昔この部屋の主は壁いっぱいの本棚に一体どんな本を並べて、どれくらい読んでいたのだろうかと彼女は想像したが、すぐにそんなことを考えている場合ではないということを思い出す。 そして彼女は暖炉を伝って外に出てみようかと思い至った。残念なことにこの部屋には隠れられそうな場所は見受けられなかった。引き返すわけにも行かない、暖炉をうまく伝ったらなんとかやり過ごせるかもしれないと考えるのは自然な考えだったといえよう。 そして彼女は暖炉へと歩みを進める。煤だらけになってしまうかもしれないが仕方がない。だが、直後に起こったときはその時は不運と見るほかなかった。床にある何かに足を引っ掛け、思いっきり倒れてしまったのだ。
「痛ったー……」
思いっきり衝いてしまった膝をさする。暗くてよく分からないが幸いにも怪我はしていないようだった。そのことにホッと安心すると、自分は一体何に足を取られたのかと確認しようとした。 とはいえ暗がりでよく分からない。目を細める。なにか溝のようなものが見える。そしてさらに目をこらすとその小さな溝にそって、床板がまっすぐ横に一直線切れ込みが入っていることに気づいた。
「なんだ今の音は!」 「向こうの部屋からだ!」
心臓が口から飛び出てしまうのではないかと思うほどの戦慄がよぎる。今転んだ時の音を聞きつけたのだろう。バタバタと足音が急速にこちらへ近づいてくる。彼女は思った今から暖炉へ飛び込もうとしても間に合わない。だがひとつだけ可能性があった。もはや彼女に残されてる道はこれしかない。あとものの十秒前後で男たちはこの部屋へとたどり着いてしまうだろう。彼女は床にある溝に手をかけた。
けたたましく扉が開かれ、勢いで戸は蝶番いっぱいまで開いて壁にぶつかった。
「どこだ!」
最初に入った一人目が懐中電灯であたりを照らしながらそう叫ぶ。すかさず次に入ってきた二人目が部屋の全体を見回す。あとにも何人かの人間が入ってくるのを彼女は感じたが、やはり正確な人数は把握できない。判断もろくにできないくらい彼女の胸は高鳴っていた。なんとか息を殺そうとする。絶対に物音を立ててはいけない。
「暖炉から逃げやがったか」 「おまえたちは外へ回れ、あとはここじゃない別の部屋かもしれない。引き続き探せ」
それに何人かの男が相槌を打ち、バタバタと音が遠ざかっていく。外へ回った者もいれば、別の部屋へと向かった者もいる。ハーっと溜め込んでいた呼気を一気に出す。それでもなるべく音がしないように細心の注意を払ってのことだ。 彼女が思った通り、この部分だけ床が外れ、下に隠しスペースが存在した。しかし彼女はただ微妙な溝を発見しただけでこのスペースの存在を確信したのではない。もしただ溝が入っているだけだったら、そんな無謀とも言える確信には到底至らなかっただろう。 溝の横にある紋章が本当に小さくだが鋳れられていたのだ。その紋章を見た瞬間彼女は確信した。 そして彼女は気づく、このスペースにはさらに下があって階段が伸びていることに。なぜ真っ暗にも関わらず、階段が伸びていることがわかったのか。ところどころにほんの小さな電灯が、階段があることを示すように点々と光っていてずっとさきまでそれが続いていたからだ。まるでこちらにおいでおいでと手招きしているようにも見える。どうせいま此処を出てもまだあの黒服の男たちがうろついていると思ったので、少女は階段を降り始めた。それに此処に入った最初から何かがあるかもしれないとは感じていたことだ。 一歩一歩、一段一段、足元で光る小さな電灯を頼りにすこしずつ降りていった。湿っぽくひんやりとした空気が満ちている。 降り始めてどれくらい経つだろうか、地の深淵まで続いているのかとも思える階段は唐突に終りを迎えた。そして目の前に一枚の扉に行き当たった。その扉に描かれているものを目にして彼女は息を飲む。扉にはあの床板に小さく彫られていたものと全く同じ紋章が描かれていた。デフォルメ化された山の上に太陽が昇っていることを表したような紋だった。そして彼女はこの紋のことを廃墟へ訪れる前から知っていた。 ポケットを探る。そして取り出したものはニ本の鍵束。ひとつの輪っかに鍵が二本括りつけられていた。そのうち一本の鍵の摘みの部分にこの壁に描かれているのと同じ意匠が刻み込まれている。 そしてこれは必然。目の前の扉の取っ手部分の下に、ポッカリと小さな鍵穴が口を開けていた。少女はほとんど本能的に鍵を鍵穴へと差し込み、ゆっくりと回す。カチャリという音とともに心地よいとも言える手応えが伝わってくる。ゴトンと低く重い音が響くと、扉はまるで悲鳴のような齟齬音を鳴らしながら開き始めた。どうやらずいぶん長い間開かれていなかったらしく、塵や埃が落ちるパラパラという音が暗闇のなかで聞こえてきた。一連の音で上の男たちがこちらに気づかないかと少女は内心ひやひやしたが、どうやら杞憂だったらしく上からは特に何も聞こえてこないし、気配もない。 そして扉が完全に開ききる。彼女の胸は先程まではまたちがった意味で鼓動を強めていた。しかし目の前は真っ暗。こういう時に懐中電灯かもしくは辺りを照らすことのできるポケモンでも居ればどんなに心強いだろうと思いながら、手探りで少しずつ前へと歩き始めた。 そのとき奇妙な音が聞こえてきた。いや正確には彼女がこの部屋に入った時から聞こえてきたのだが、暗がりを探ることに夢中になって今まで気づかないでいたのだ。音というよりもそれは何かの声。キンキンと耳に残る声がどこからか響いてくる。音と呼ぶにしてはそれは明らかに何かの感情のようなものが伝わってくる。しかしシュナはこの声が何のものなのか分からないし、このような奇妙な声を今まで聞いたことがなかった。
彼女はさらに歩みを進める。何かにつまずきはしないだろうかと恐る恐る進んでいたが、刹那に思いもかけないことが起こった。 突然、部屋の中に光があふれた。少女は何の前触れも無いこの出来事に思わず「きゃっ!」と小さな悲鳴をあげる。光源は天井に吊り下げられている白熱の黄色っぽい電球だ。だが思いがけないことはさらに続く。天井の天球によって部屋全体が照らされたものがあまりに意外なものだったからだ。 部屋は縦横六メートル、高さ三メートルほどの広さで棚の類もなければ椅子一つおいてない、正しく何も無い部屋だった。ただ一つのことを除いて。部屋の中央に"それ"はいた。
「なにこれ……」
彼女がそうつぶやいた。 一体彼女には何が起こっているのかわからなかった。この廃墟に来てから分からない事だらけだったが、今ほどそれを強く感じたことはない。 そのとき先程からかすかに聞こえてきた声のような音がにわかに強まった。 それは二メートルを裕に越す巨大なカプセル。いや、というより寧ろ卵と言った方が印象的には正しいかも知れない。その卵は黒く半透明で中に入っている"それ"の輪郭をハッキリと映し出していた。 "それ"は巨大な岩を思わせるような巨体を持ち、卵の中でまるで胎児のような体勢で丸まっており、一見すると眠っているらしく体躯には力は感じられず瞼は閉じられていた。。この種族の特徴の一つである背中から生えている巨大な翼も小さく器用に閉じられている。 カイリュー。それがこの卵の中で眠っている者の種族であった。
「これが……手紙に書いてあったもの?」
彼女はカイリューの顔を見上げてつぶやく。一通の手紙と鍵に導かれてやってきたこの廃墟。ここに来て襲われた当初は罠だと思ってしまったが、それは思い違い。ただの不運な出来事だっただけ。 最初、彼女はこのカイリューは死んでいるのかと思った。 だが彼女は察した。このカイリューは生きている。生きてこの卵のようなものの中で眠らされているのだと。しかしこのカイリューの周りに纏っている卵のようなものは一体なんなのだろうと、彼女はさらに近づいた。そして恐る恐る卵の"殻"とも呼べるような部分に手を触れようとした。だが、そのとき思いがけないことにさきほどから聞こえていた声のような音がさらに強まった。明らかにその声は何かに対して驚いているような、そんな感情が表れている。 彼女は気づいた。それも二度も。 一つ目はまずさきほどから聞こえていた声はこの卵の"殻"から発せられていたこと。そしてもうひとつはそもそもこれは卵でもなんでもないこと。この卵の殻のようなものはたくさんのポケモンの集合体だったのだ。それは一見すると小さな文字のような姿をしていて、同じポケモンなのだが一体一体が姿形が違う。彼女は知っていた。世界各地にある古代の遺跡にはこのアンノーンと呼ばれるポケモンが多数確認されているということを。しかし廃墟であるとはいえ、ただの屋敷の地下になぜアンノーンがいるのか彼女には合点が行かない。しかしこのアンノーン達によって中に入っているカイリューが眠らされているのは確実のようだった。 一体どうしてこのカイリューがこんな廃墟の地下でアンノーン達によって眠らされているのか全く分からない。一体いつからここにいるのか、そもそもこのカイリューが何者かも分からない。 そしてもう一つ重要な事柄として、どうすればこのカイリューが目を覚ますのかも問題だ。とりあえず卵型の形になって集まっているこのアンノーンたちをどうにかすればいいようである。なんとなく彼女は恐る恐るアンノーンたちが集まって形をなしている卵状のものに手を触れようとした。
そして、指先が触れる。明かりが灯っているにも関わらずあたりが闇におおわれ、まるでこの世に存在するのが自分と卵状となっているアンノーンたちと中にいるカイリューだけになったかのようになった。そして触れた先からカッと光があふれ、指先はパチンとまるで静電気を受けたかのようなショックを感じ、思わず手を引っ込めた。アンノーンたちが一体一体青白く光りながら卵型を保ったまま動き始める。 少女は一体何が起きているのか全く判断付かないまま、ただその様子を呆然と眺めていた。あまりに現実離れした光景に頭がぼんやりとする。
誰かが呼んでいる気がする。 誰が? 誰を?
刹那、ガラスが粉々に砕けるような鋭い叫びのような音が響くとともに、卵状に集まっていたアンノーンたちがバラバラにはじけた。 そしてカイリューは胎児のように丸まった姿勢を保ったまま、ゆっくりとまるで誰かからそっと据えられるように床に落ちた。明るさが戻ってくる。 バラバラにお互いが離れ離れになったアンノーンたちは、しばらくの間一体一体が中空でくるくる回ったり、同じ位置を行ったり来たりと思い思いの動きをしていた。しかし何かを思い出したように全てのアンノーンはまたひとつの塊のように集結すると、何か叫び声のような音をあげると共に光りに包まれ消えた。
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